はじめましてから1年のポエム

 

推しである中元日芽香ちゃんと初めて言葉を交わしてから、今日で1年が経ちました。カウントダウンアプリで365日が昨日だったからあれ?と思ったら、2016年は閏年でしたね。だから、あれから今日で366日。

 

1年。もう1年のような、まだ1年のような。好きになってからの期間で言うと1年以上経っているけれど、どうしても会って話をする勇気が出なくて行けなかった握手会に、これが最初で最後だ!と決意して足を運んでから1年。これを読んでくださっている皆さんにはまだまだ及ばないと思いますが、私なりにひめたんと沢山話をして、楽しい思い出をたくさん作れたなと思っています。それもこれも全て中元日芽香ちゃんのおかげ!いつもありがとう。

 

いきなりですが、私は大学にもバイト先にも常に持って行っているポーチに、これを入れています。

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会いたいと思って2年半ひめたんの券を買い続けているのに、勇気が出なくて行けなかった時代の券。全然ファイルとかに入れていないから見栄え悪いけれど。

勇気が出ないってなんだよと思われると思うのですが、私にとってアイドルは自分なんかが触れていい存在ではなくて、何か思いを伝えていい存在でもなくて、遠くの遠くの世界に住んでいる人なんです。ツイッターに色々と書く分には、もしそれがアイドルを傷つけてしまったとしても自分の意思でそれを見たメンバーの責任でもあると思っているので(あってはいけないことだけれど)多少気持ちが楽ですが、握手会は本当に直に言葉を伝えられてしまうからなんて怖いイベントなのだろうと思っていて。

怖くないですか。好きなアイドルと話せちゃうって。私の言葉にそこまでの影響力がないことは分かっているけれど、それでも私の言葉を好きな子がしっかり目を見て聞いてくれるって。アイドルってテレビの中に住んでいる人だとずっと思って生きてきたし、会えるのは年に1回程度のライブという距離感が今までの私とアイドルの普通だったのに、握手会に行くことでその頻度も密度も気持ちも、今まででは考えられないほど大きくて濃いものになるって。会いたいから行くけれど、未だに怖いし、凄いところに足を突っ込んでしまったなとよく思います。

やっと握手会に足を踏み入れてからも、いつも緊張してしまってひめたんの強い目力に固まってしまうばかりなのですが、この前何かのきっかけで顔ではなく繋いでいる手を見る機会がありました。当たり前だけれど、生きてると思った。顔を見て言葉を交わしているとき、もちろん生きているって分かっているのですが、まさか自分なんかがあの大好きな子と話せているわけないよなってどこか他人事のようで、テレビに映るひめたんと会話をしている気分で。それが視線を少し下にずらして指を見たら、私よりも白くて細くて儚げな中元日芽香ちゃんの指があって、急に生身の人間と握手して会話しているんだと実感しました(ちなみに今とても気持ち悪いことを言っているのは自分でも分かっています)1日中何百人もの人と手を繋ぐだけでもすごい体力が必要となるはずなのに、短い時間の間で私とひめたんだけの空間ができるって凄いことじゃないですか。券回収も剥がしもいますが、あの瞬間私の言葉がひめたんの耳に入って、それに対して私へのレスポンスを大好きなアイドルがくれるって、本当に1000円で得られる幸せじゃないなって。

 

女ヲタさんってどういう感情でメンバーを好きになるのかと聞かれたことがあって、ずっと引っかかって考えているのですが、私はやっぱり憧れなのかなって思います。それは顔の可愛さやスタイルの良さといった自分とは違う部分への憧れはもちろん、女の子なら誰しも一度は思ったことがあるであろうアイドルになりたいという夢を叶えていることへの憧れ、青春を犠牲にしながら人一倍の努力をしてきたことへの憧れ、私にできないことができる憧れ。歳もさほど変わらないのに、私よりずっと大人でかっこよくて強いなという尊敬の気持ちが強くて、だからこそ自分には踏み込むことのできなかった世界でもっと上の所まで行ってみてほしい、そしてそれをファンとして見届けたいという気持ちが私の好きには詰まっているなと。他の女ヲタさんがどうかはわからないけれど、憧れてるんです。ひめたんに。

初めて握手会に行くことを決めたあの時、自分にとって大きな変化の時期でした。新しいことに挑戦しようとしていて、もしかしたらここから数年間もう握手会に足を運ぶことはできなくなるかもしれなくて。私がそこから解放されたときにひめたんに好きだよと直接言える環境があるかはわからないから、まだここに居てくれるかはわからないから、最初で最後、大好きです、そして上に書いたように憧れていましたと伝えに行こうと思い、2015年11月3日、パシフィコ横浜に行きました。

 

生で見たひめたんは、想像の何倍も何倍も何倍も可愛くて、小さくて、笑顔が素敵な、私の大好きなひめたんでした。天使のコスプレをしていたのもあって、白くてふわふわで輝いていて儚くて。ずっと会いたかった人だと思うと震えも止まらなかったけれど、その分、嬉しさも物凄いものだったのを覚えています。泣きそうになりながらも必死に伝えたいことを伝えてひめたんから一言ありがとうねと微笑まれたとき、なんでもっと早く大好きですと伝えに来なかったのか後悔して。傷つけたらいやだなと当時も今も思っているし、私なんかのことをひめたんの人生の中で認識する必要はないという思いは変わらないのですが、大好きですと伝えたときに笑ってくれたあの顔は、握手会に行かなかったら見れていなかったなと思うから。私はひめたんの笑顔が好きなんだなって毎回そう思わされます。結局その後も環境は変わりながらも握手会に行けなくなるということはなく未だに握手会に参加しているのですが、私の中で1番思い出に残っている握手はきっとこの先もはじめましての握手のように思います。

 

握手会に行くということは、私にとっての楽しみでもあるし、日々の辛いことを耐え抜くパワーになってくれている大事な大事なイベントです。そう言いながらも未だによく悩んで。握手会に行くのが応援の正解なのかとか、私が行くことで何か彼女のプラスになるのか、単に私が楽しんでいるだけなのではないのかと。私が楽しんでいるだけという点に関しては、相手はアイドルで私はファンなのだから当たり前だろと言われればそれまでなのですが、なんとなく私がアイドルである一人の女の子を商品として消費している感じがしてしまって。その違和感に慣れなくて、お金を出して握手をしている以上その考えは間違えていないのだけど、なんかそれ悲しくない?と思ったりもするんです。女ヲタさんとご飯に行くと大抵こういう話になって、皆思っているのかなんて安心したりもするんですけど、でも、なんだかな…みたいな。そうやって考えすぎてもう握手会に行くのはやめようかなとか、私のことを視界に入れさせてしまうなんて申し訳ないなとか、思うところはたくさんあるのですが、毎回帰り際にひめたんはいつも「またね」って言ってくれて。その言葉を嘘にさせないために、というのを言い訳にして、ひめたんのことが好きだから、悩みながらもずっと私はひめたんに会いに行くのだと思います。

人生何が起こるかわからないから絶対の約束なんてできないけれど、またねと言ってくれる限りはおはようって次も会いに行きたいし、これからも何回何十回何百回、好きだよ!と伝えに行きたいと思います。難しいこと言おうとするから傷付けないかなとか不安になるんですよね。好きだって気持ちしかないのだから、好きって伝え続ければいいんじゃんって最近気付きました。好きって言われて傷付いたり嫌な気持ちになる子はいないと思うから。これからも好き好き言っている面倒なファンをするつもりです。選抜だアンダーだとか、仕事があるないとか、眠れる眠れないとか(笑)、いろいろな面でひめたんは戦っているはずだけど、私にできることは応援しかないから、唯一できる応援は私もできる限りの大きさでしたい。迷惑にならない程度に。

 

だからこれからもずっと、ファンでいさせてください。握手会にも行かせてください。パワーください。いつも笑顔で迎えてくれてありがとう!今までもこれからも、私は中元日芽香ちゃんに憧れているし、幸せになってほしいし、世界で一番ひめたんというアイドルが大好きだよ!!!

 

まずは6日、名古屋で2年目スタートです。

感謝の気持ちをしっかり伝えられますように?

 

 そして、16枚目も30部完売おめでとうございます。楽しもうね!